すっかりと秋

  • 2017.11.09 Thursday
  • 17:46

 夏が終わりまして突然に紅葉が始まった気がします。松本の短い秋でございます。これから冬の終わりまでが私の好きな季節でございます。夜の散歩も回数が増えてきました。楽しい嬉しい。早く真冬になって欲しいです。

 

 小学1年生から中学2年生までスキークラブ(部活ではありません)に入っており、毎年冬と春の2回、5泊6日の日程で野沢温泉を訪れていました。そのスキークラブは主に東京と群馬の少年少女たち約40人位と引率の大人の男女15人位で構成されていていました。最初に参加した年の初日から3日目頃までは「家を離れて5日間の生活ができるだろうか」、「友人はできるだろうか」、「スキーが上手くなれるだろうか」等々の不安に満ちていました。案の定ホームシックにはなるし、他人と上手く話せないし、スキーは転んでばかりだし、「もう二度と参加しない」と思いました。しかしその生活が4日目くらいになると、スキーは結構面白いし(初心者から上級者までが班分けされていました)、年齢も生活圏も異なる様々な友達が出来るし、うるさい父母はいないし、「結構いいな」と思い始めました。冬春の毎回に参加したいとも思いました。特に年上の子供が年下の子供の面倒をよく見るのがそのクラブの特徴で、寝泊まりしていた10人部屋の中では年上の子が、怖い話をしてくれたり、お菓子を分けてくれたり、きれいな夜の雪景色の中を歩いて繁華街の大浴場に連れて行ってくれたりと、7歳の私にはかなり刺激的な数日間でした。また、子供ながらにも東京の子供たちは「かなり洗練されているなぁ」と思いました。その仕草や口調、何よりも話の内容それ自体が「かなり高級感のあるオシャレな会話」に思えたのです。高崎の田舎モン小僧にはまぶしかったのです。同じ小学1年生が「そーか―、群馬ではそんな事があるのか―、そーなんだー、すごいなー。今度もっと詳しく教えてくれるかい。フフフっ」なんて会話をするのです。しばらく私もそれを真似してみましたが、なんかダメでした。根っからのガサツな私には「フフフッ」ってのは似合いませんでした。「ヒヒヒッ」の方が似合いました。

 クラブの主催者は50代後半のなかなかの資産家で、私の実家の北側に広い邸宅を構えていました。主催者以外は20歳くらいから35歳くらい人達が中心になって子供たちの面倒を見ていました。みんなかなり「ゆるーい」感じの人達でした。嫌な人達ではありません。むしろ優しくて良い人達です。しかしほんとに、上手く言えないけれど「ゆるーい」感じです。女の人達はみんな綺麗で、男の人たちは爽やかスポーツマンな風貌でした。スキーで疲れた体を温泉でほぐし、夕食を食べた後は、就寝時間までの間に宿泊していたロッジの広間に全員が集合して好き勝手なおしゃべりをするのです。3回目くらいの参加時より、私は「ノンボル」という変な名前で呼ばれるようになり、その内になんとか楽しく会話に参加していけるようになりました。大人や年上の子供たちが毎晩話題を持ってきて、それについてちぐはぐながら会話に参加するのも楽しくなってきました。この時の経験はその後に大きく役に立った気がします。最終日は長野駅から電車に乗ります。約2時間半の乗車後、私たち群馬組は高崎駅で下車します。車内から東京組が手を振り「また春に(冬に)会おう」と叫びます。で、その後先述した通り、毎年2回ずつ野沢温泉スキー場を訪れるのです。そうこうしている内に私も小学校高学年になり、スキーもなかなか上手くなり、10人部屋から6人部屋に昇格して(年齢とともに少人数部屋になっていきます。一番上の中高生は4人部屋です)、年下の子供の世話を任されるようになりました。その場で出来た友人達との再会も嬉しいものでした。冬と春の間は3か月くらいしか空きませんが、春と冬の間は8か月空きます。だから冬の再会は特にうれしかったのを覚えています。高崎駅から電車に乗るとすでに東京組が座っていて、「久しぶりだなぁ。ノンボルは元気だったかい。フフフッ」とか言われて、「元気だったよ。ヒヒヒッ」とか言って、また6日間の生活が始まる訳です。後に知ることになるのですが、引率の大人たち(今思えばお兄さんお姉さんな年齢の人達ですが)はみんな有名芸能人の娘や息子、または若いお医者さんだったのです。どうりで綺麗な女性やさっぱりとしたナイスガイばかりな訳だ。ただし、それを私が知ったからと言って、やはり「ゆるーい」感じは変わりません。あの「ゆるさ」はお金持ち独特のものなのかなぁ。「金持ち喧嘩せず」って言葉と一本線上でつながっている気がします。早く私も「ゆるく」なりたいものです。フフフッ。

 

 なんでこんな話を記したのか、それはその時見た空の色によります。野沢温泉を離れる日はスキークラブの友人達とお別れする日であると同時に、また高崎での退屈な日常に戻されることを意味しました。スキー板を持ち、リュックを背負い、バスに乗り長野駅まで行きます。長野駅に着きバスを降りて上を見ると、どんよりと鉛色の冬空が、それもかなり低い冬空があるのです。当時は国鉄が「いい日旅立ち」とかいうキャンペーンを行っており、山口百恵さんの同名な曲が使われるCMが流されておりました。まだ古い駅舎であった長野駅にも当然そのキャンペーンポスターが何枚も張られておりました。そのポスターを見ると、あの曲のもの悲しいメロディが頭の中に流れだし、同時に「また学校に行き、宿題やイヤなヤローと向き合い、意味もなく晴れている空の下で退屈する日々の始まりだなぁ」と思うのです。憂欝になります。ですがそれを毎年繰り返しているうちに、ある種の「悟り」に近い感情が発現してきました。子供のクセに「出会いと別れ」について考えて、「その内スキークラブも参加しなくなって、そうしたらこの人達と一生会うことは無いんだろうな」とか考えてしまったのです。まぁそのとおりになる訳ですが。そう思うと鉛色の低い空も「サヨナラだけが人生だ」との割り切りになり、どっかでその時々の「けじめ」みたいなものに感じました。「悪くない空の色」です。まさかその数十年後に長野県民になるとは思っていませんでしたが、長野県を身近に感じ始めたのは確かです。そんなちっぽけな思い出と単純に「暑いのが嫌い」であるため冬が待ち遠しい。ウエルカム秋。もっとウエルカム冬。秋晴れの後に在る鉛色の低い空を待っています。余談ですがスキークラブの人達はあの時の「鉛色の低い空」を今でも覚えているのか知りたいものです。その術はありませんが。

 

 長野の晩秋は綺麗ですね。

 

                                         

 

                                         

 

                                                   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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